cherry drops
□drops 8
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「あ〜、オレも着物の着付け、習おっかな〜」
「椿、思ってもないこと口にしちゃだめだよ」
「だって〜梓ぁ〜」
オレはリビングのソファーにごろりと横になり、桜ちゃんが戻るのを今か今かと待ち構えていた。
……が、遅い。
おそいおそいおそーい!
「椿、少し落ち着いて」
トントンとテーブルを叩くオレの指を、梓が疎ましそうな目で見下ろしている。
「だってだって〜」
落ち着いてなんていられるわけないじゃん!
琉生は先に戻って来ちゃったんだよ?
てことは桜ちゃんとひかにぃ、今琉生の部屋で2人っきりじゃん!ありえないんですけどっ!
(今頃ひかにぃが桜ちゃんにあんなコトやらそんなコトをしちゃったりしてるかもしれないっっ)
そうしてオレの焦燥と苛立ちが頂点に達した時、かすかな機械音と共にエレベーターが開く気配がして、オレは慌てて身体を起こした。
「桜ちゃん!?」
エレベーターホールから続く階段を、桜ちゃんが降りてきた。
ひかにぃに手を引かれながら、着物の裾をちょこっと持ち上げてそろりそろりと降りてきた。
「き……」
着物萌えキターーー!!!
「桜ちゃん!ちょーかーいいっ☆」
淡い色合いの晴れ着姿で、そうかな、と照れ笑いを浮かべる彼女。赤く染まった頬がいじらしさを引き立てる。
(た、たまんねっ)
正直ひかにぃはかなりやっかいなアニキだけど、今日ばっかりは認めざるを得ない。
着物の桜ちゃん、最高だよ!ねぇねぇオレ、鼻血出てない?
「うわぁ!桜さん!きれーい!」
「絵麻ちゃん、ありがとうっ」
手を取り合ってきゃっきゃと飛び跳ねるオンナノコ2人の姿に、オレの萌えアンテナも上がりっぱなしだ。
「写メ撮りましょうよ、桜さん!」
「うん、撮る撮る!」
「あーソレ、オレも混ぜて〜☆」
絵麻チャンと桜ちゃん、それからオレのケータイをひかにぃに押し付けて、ちゃっかりオレは2人の真ん中。
「梓も早く!一緒に撮ろーゼ」
ソファーにゆったりと座って脚を組んでいた梓も、呼んだら笑いながら立ち上がった。
「仕方ないな、撮るよ」
苦笑ぎみのひかにぃ。
絵麻チャンのケータイと、桜ちゃんのケータイでの撮影が終わり、そして最後はオレのケータイ。
「はい、ちーずっ」
キラン☆
この瞬間をオレは待ってた!
“ず”の瞬間に腰を屈めて、桜ちゃんのほっぺにチュ☆
「きゃっ」
「え、なんですか!?」
「椿…」
驚いて小さく声を上げた桜ちゃんと、事態に気付いていなかった絵麻ちゃん。ちょっと呆れ顔の梓。
それからふいを突かれて目を丸くした(ちょーレアな☆)ひかにぃの手からケータイを奪い取ってダッシュ!
「もうっ、椿くんったら!」
「どれどれ〜?」
離れたところで撮った写真を確認すると、そりゃもう完ペキな1枚が写っていた。
オレにちゅーされながら、キラキラ笑顔の桜ちゃん!
「これ、待ち受けにしよっと」
ぴこぴことケータイを操っていたら、琉生が脇から覗き込んできた。
「椿兄さん、僕、ちょっと、引いちゃった」
ぐっっ。
天使のような琉生にそう言われるとちょっとこたえる。
でも、負けない!それが、オレ!
「琉生にも送ってあげるね〜☆」
「僕、桜さんにもらうから、いらない」
*****************
光さんが運転する車で初詣に行った帰り、マンションのエントランスで桜さんに声を掛けられた。
「ねぇ絵麻ちゃん絵麻ちゃん」
「なんですか?桜さん」
桜さんは周囲を確認した後にわたしにすり寄ってきて、声を落としてこう言った。
「絵麻ちゃんも、もじもじくん見られた?」
「え?なんですか?」
もじもじくん?
桜さんは時々突飛な発言を繰り出す。すっかり慣れたつもりでいたけど、今日はいつにも増して意味不明だ。
「ほら、絵麻ちゃんインナー借してくれたでしょ?気付けのとき、先に足袋履けって言われたでしょ?」
桜さんに言われるままに、午前中に光さんに着付けをしてもらった時のことを思い出してみた。
「そうですね、確かそうでした」
わたしの言葉を聞くなり、桜さんの顔がぱっと明るくなる。
(気付けのこと、聞きたいのかな)
「足袋の後に裾除けと肌襦袢を着るように言われました。
着方も教えてもらいましたし、光さんが部屋に入ってきたのは長襦袢を羽織った後でしたけど。
もじもじくんってなんですか?」
わたしが続けてそう言うと、一瞬華やいだ桜さんの顔がしゅうんと沈んだ。
「あれ、わたし、何かおかしこと言いました?あの、桜さん!?」
そのまま振り返りもせずに、がっくりと肩を落として桜さんは去っていった。
「…なんだったんだろ、今の」
部屋へ戻って着物を脱ぎながら、ふと視界に入ったのは鏡に映る自分の姿。
黒のヒートテックとレギンスで、足元は足袋というなんともおマヌケな姿。
「ん、もじもじくん?」
まさか桜さん、この姿を光さんに見られちゃったのかな。
それって、ちょっとマズいんじゃ…
あの2人、ずっと前から仲が良いみたいだったけど。
「もしかして、付き合ってるのかな…」
わたしが呟いた独り言に、眠っていたジュリがむにゃむにゃと目を覚ました。
「おい、ちぃ、なんだそのヒドい恰好は。
あのオスどもですら逃げていくぞ。早く着替えろ」
「はぁい」
まさか、だよね。
こんなカッコ見られたら、わたし恥ずかしくて倒れちゃう。
*****************
リビングからバルコニーに出て、やっと一服。
桜が居るところでは、タバコを吸わないようにしてるから。
今日の彼女の晴れ着姿は、我ながら最高の出来栄えだった。
出かけた先で見た振袖の女のなかでもダントツだ。
携帯を取り出して、絵麻から送られてきた写真を眺める。
混み合う神社をバックに、中央で弾けんばかりの笑顔を咲かせる彼女。
もう一度その姿を目に焼き付けてから、携帯をポケットへとしまった。
「くっくっ、それにしてもっ」
何度思い出しても笑える。あのカッコはないだろ、桜。
いくら脱げと言われたからって、男の前でほんとに脱ぐやつがあるか。
「ったく、これだから」
…放っておけないんだ。
桜が貧乳だなんて思ってはいない。むしろ華奢な割りにあるほうだろう。
決して豊満ではないが、まぁ、“そこそこ”だな。
でもそれを言ったら、桜がだらしなくニヤニヤと喜びそうだから、教えてやらない。
タバコの火を消してリビングへと戻ると、買ってきたばかりのゲームに興じる弥と、ぶーたれた侑介がソファーに陣取っていた。
「ひどい顔してるな、侑介」
「ほっといてくれよ、ひかにぃ」
末の弟の買い物に付き合わされたせいで、好きな女の晴れ着姿を拝めなかった憐れな男。
しょうがないな。
「初詣で撮った写真、送ってやるよ」
「まじかよ!?ひかにぃ!!」
一瞬諸手を上げて喜んだ侑介、しかしすぐにバツの悪そうな顔をした。
「別に、そんなん貰っても嬉しくねぇよ」
俺は選び出した画像をメールに添付して、侑介のアドレスに送信した。
「じゃあな、侑介」
「お、おう」
携帯を持った手を軽く振って、リビングを後にした。
添付したのは、絵麻が椿に抱き締められている画像。
これでも見て、もんもんとすればいい、青少年。
「さてと、桜の着替えでも手伝ってくるかな」